Wimps Repo

  • 2005.05.21 たけだ
  • 2005.05.21
    たけだ

    2005年05月21日

    たけだ

    05-05-21_22-28.jpg
    今日、日々お世話になっている方のパーティーにいくため、久々にスーツを身に纏いました。なんか新鮮でした。全く関係ないけど写真はいつもお世話になってる美容室の店長さんとYUKIEさんです。

    23:13 | Comments(7)

  • 2021.04.06 祖母の佳子
  • 2021.04.06
    祖母の佳子

    2021年04月06日

    祖母の佳子

     祖母の佳子が先日亡くなった。99歳の大往生だった。
     最後まで呆けることもなく、前日まで普通に会話もしていたそうだ。しっかり者のばあちゃんらしい。少し、そんなばあちゃんの話を。
     佳子の夫、福雄じいちゃんは僕が生まれる前にすでに亡くなっていたので佳子は40年ずっと一人で生きてきた。子供たちの世話にはならないと、自分で介護付きのマンションを見つけそこに入居した。活発な人で仏教を学び、ヨガの師範をし(若くしてインドにも旅をした)、多い時は100人を超える生徒を抱えていた。70くらいまで夏は一緒にテニスをしたり、身体が丈夫で軽々と目の前で綺麗な三点倒立をして見せてくれたりした。90直前まで車を運転しあちこち移動し(今のご時世では問題になりそう)、春になれば山に入り筍や山菜を掘っていた。世話好きというかお節介なところも多く、小さい頃は会う度に「勉強していますか、私が若い頃は大学に行きたくてもお金がなくて行けなかった。勉強できるのは幸せなこと」そう言っていた。東大を出て最終的に学芸大の名誉教授となった社会学者のじいちゃんのことをとても誇りに思っていたんだと思う。自らも学ぶことをやめない勤勉な人だった。
    「いつまで音楽なんてやってるの?」「大学やめてしまったの?もったいない」僕が音楽の道を進むようになってからもしばらくはそんなことを言われた。

     僕たち家族がアメリカ、テネシー州に住んでいた頃(僕は8歳だった)、母方の秀男じいちゃんが亡くなった。突然のことで急遽日本に戻り葬儀などを行なったが僕たちには学校があり、父には仕事があり色んな手続きや用事を母に残し数日後には父と兄と僕はアメリカへ戻ることになった。
     家事全般、掃除、洗濯、料理の一切をやったことのない父親がはじめて母抜きで子供と生活をする。そんなことは到底無理な話であり、そこで急遽父方の祖母である佳子が派遣されることとなる。28年ほど前のこと。すでに当時介護付きマンションで生活を送っていた佳子だったが、満を持しフライト14時間をかけアメリカのド田舎であるテネシー州はナッシュビルへとやってきた。
     はじめて父、祖母、兄との4人暮らし。スーパーに買い物に行き、なんとかカタコトの英語で日々をこなし、見事に大役をやり切ってくれた。最初はなんだか違和感があったけど、ばあちゃんが一生懸命に家のことをこなしている姿に頭があがらなかった。そして、きっと毎日ヘトヘトだったろうにばあちゃんはなんだか楽しそうだった。今となっては良き思い出。
     
     佳子さんは亡くなる数週間前から食事を自ら摂らなくなってしまっていた。実は初めてではない。2019の正月、おばあちゃんは自ら自分の命を終えようとしていた。「私はもう充分生きました」と食事を一切とらず、2週間以上だっただろうか。その時は家族の必死の説得でなんとか踏みとどまってくれたけど、今回はそうはいかなかった。徐々に衰弱していき亡くなる前日、主治医の先生に「本当にお世話になりました」と一言伝えた。最後の最後まで律儀な人だったと周りの方に聞かされた。あっぱれだ。じいちゃんの分まで生きたね。戦争を経験し、たくさん働いて、ヨガに出会い、じいちゃんが亡くなってからもたくさんの命と関わり、本当にお疲れさま。佳子さんみたいにはカッコよく終えられる自信はまったくないけど、カッコいいばあちゃんの孫に生まれて俺は幸せです。
     一番好きだったばあちゃんの姿がある。早くにおじいちゃんを亡くしたばあちゃんに一度「また好きな人できたり、再婚とか考えたりしたことなかったの?」と聞いたことがある。するとばあちゃんは少し照れながら「いやー一度もないね。おじいちゃんより素敵な人なんて一回も会ったことがない」と笑った。なんて可愛い人なんだと思った。

     残された部屋の中から、僕の雑誌やインタビュー記事の切り抜きなどがいくつも出てきた。10年以上前の僕がインドに行った雑誌パピルスから、つい最近の新聞まで。「音楽なんていつまでやってるの」と言い続けたばあちゃんが、ずっと俺を見ていてくれたことに驚いた。
     おばあちゃん、本当に今までありがとう。今頃40年ぶりにじいちゃんと再会できているかな。安らかに、安らかに、眠ってください。

    洋次郎

    21:46 | Comments(77)

  • 2021.03.11 『あいたい』
  • 2021.03.11
    『あいたい』

    2021年03月11日

    『あいたい』

     今日で、東日本大震災から丸10年が経ちました。
     今年も曲を作りました。『あいたい』という楽曲です。あの震災のことを想い、離れ離れになったいくつもの気持ちを思い描きながら出てきた言葉は、期せずしてこのコロナ禍を生きる僕たちにも通じる想いとなりました。

     被災した方、大事な人を亡くされた方、生活が一変した方々にとって10年というのはただの記号にすぎないと思います。直接被災することのなかった僕ら自身、あの震災とどう向き合ったらいいのだろうかという葛藤の10年でもありました。その中で唯一できることである音楽を毎年、勝手ながら発信させてもらってきました。
    「この10年間どんな想いで毎年楽曲を発表され続けてきたのですか」
     一つの節目を前にこのような質問をされることが増えてきました。そのたびになぜだろうと自問しますが、一向にわかりません。あの大きすぎる経験を忘れたくないから、風化させたくないから、被災した方々に少しでも寄り添っていたいから、いつかまたやってくる大震災に少しでも備えるきっかけとなってほしいから、ただ自分で自分を満足させたいから。どれも正解なようで、どれも的外れな気がしてきます。
    人が誰かを好きになるのに理由はありません。後からいくらでもそれらしい言葉は並べられるけど、それらはあくまで後付けのもののような気がします。理由や理屈から離れたところで人の根っこというのは動くのだと思います。
     この10年間の楽曲というのは僕にとってラブレターのようなものだったのかもしれません。返事のこない、一方的に書いたラブレター。毎年3.11が近づくと僕はなぜだか無意識にギターやピアノに向かい、あの日を、被災した人々や土地を想い、歌詞を書き、メンバーやスタッフや島田さんに声をかけ、楽曲にしてきました。ある時は悲しみ、ある時は慈しみ、ある時は苛立ちや絶望に感情が振られたこともありました。でも良いも悪いも、人間はずっと同じ感情ではいられません。その仕組みを最大限生かして、未来になんとか希望を繋げて生きていきたいと強く願っています。
     この新型コロナウィルス、COVID-19をくぐり抜けた先にはどんな未来が待っているのでしょう。大震災と同様に、大きな困難は時に人々の間に軋轢や摩擦、歪みを生み出します。時に分断や対立が生まれ、僕たち人間の本性があぶり出されることがあります。世界全体が、少しずつギシギシと音を立てて傾いていくように感じてなりません。こういう時だからこそ、手を取り合って生きていきたいです。

     今回、毎年3月11日に発表してきた楽曲に「あいたい」「かくれんぼ」の2曲を加えた10曲を一つのアルバムにまとめました。この楽曲たちを聞き返しながら改めてこの10年という歳月を振り返る作業にもなりました。僕はあの日から今日まで、ちゃんと生きてこられたのだろうか。僕自身が今日まで生き続けるに値することを、どれだけできただろうか。答えのない自問自答を繰り返します。きっとこれからも、答えのない「途中」を、もがきながらその時々の答えを出しながら生きていくんだと思います。
     これを聴いてくださる人たちにとってもこれまでの歳月を振り返り、そして未来を考え、ほんの少しでも希望を抱けるきっかけとなるアルバムだったら幸いです。

     最後に、東日本大震災で亡くなられたすべての命に、被災したすべての方々に、合掌。

    洋次郎

    ※なお、このアルバムの利益は日本赤十字社、自治体などに全額寄付され、日本全国で起こる自然災害などの支援活動に充てられます。(2021年12月31日までの売上金額が寄付の対象となります)

    あいたい/RADWIMPSオフィシャルYouTube 

    あいたい Lyrics(歌詞)
    Japanese
    English

    かくれんぼ Lyrics(歌詞)
    Japanese
    English

    14:46 | Comments(12)

  • 2020.10.23 15th Anniversary Special Concert
  • 2020.10.23
    15th Anniversary Special Concert

    2020年10月23日

    15th Anniversary Special Concert

    今年の3月から始まる予定だった初のドームを含む『こんにちは日本ツアー』。それを皮切りに中国本土、ヨーロッパ、北米、アジアと周る予定だったワールドツアーの中止を経て、あっという間に10月も後半を迎えました。『こんにちは日本ツアー』の振替公演のありとあらゆる可能性をスタッフ一丸となり探し続ける日々ですが、それと同時にすでに昨年から決めていた次の公演の日程が差し迫ってもきました。デビュー15周年である11月23日前後で行うことを予定していた横浜アリーナ公演です。
     メンバー、スタッフで幾度も話し合い、コロナ禍における制限の多い中でのライブにどうしても踏み切れないもどかしさを感じ、一時は断念しようとも思いました。何より僕たちのライブは来てくれるお客さんの歓声や歌声、熱気が全部込みで「僕らのライブ」だと思っているからです。しかしこんな状況だからこそ発信できるものがあるのではないか、こんな状況だからこそ表現できるライブがあるのではないか、15周年を何もせず終えていいのだろうか、そんな想いに駆られました。
    今回、11月22、23日の二日間、オンラインスペシャルコンサートを開催します。
    客席も定められた規定の中で、お客さんに入ってもらいライブを行おうと思っています。いつもとはガラリと形も空気も違うライブになると思いますが、オンラインで楽しんでもらえる最大限の挑戦をしようと思っています。ライブを思いきり楽しんでもらうのと共に、RADWIMPSと一緒にこれまで歩んできてくれたその歴史を、一緒に目一杯祝いたいと思います。
    ぜひ、楽しみにしていてください。

    ※なお、今回初の試みで前日のゲネプロ(最終リハーサル)もボクンチ会員(ファンクラブ会員)限定でお客さんにも実際入ってもらい、公開で行おうと思っています。普段はまったく見せることのないゲネプロですが、そんなふうに「一緒にこの新しいライブを作っていく」というテーマに賛同してもらえる方はぜひ、ご参加ください。

    洋次郎

    ▼RADWIMPS 15th Anniversary Special Concert
    https://radwimps.jp/15th/

    13:16 | Comments(0)

  • 2020.06.11 お世話になっている仕事の皆様、ファンの皆さん
  • 2020.06.11
    お世話になっている仕事の皆様、ファンの皆さん

    2020年06月11日

    お世話になっている仕事の皆様、ファンの皆さん

    僕らが19歳くらいの頃からだからもう16年くらいになるだろうか。ずっと一緒に歩んできたマネージャーの塚原がくも膜下出血で昨日、緊急手術を受けました。手術は9時間に及ぶものでしたが無事終わり、意識もある状態とのことです。こうやって伝える必要があるのか迷ったけど少なからずラッドを聴いてくれている人、僕らの活動に触れてくれている人にとっては間接的でも関わっていて、塚原がいなければ僕らの活動も何かしら違うものになっていたと思うので無関係ではないと思いここに記します。
     そして何より、今まさにお仕事で関わらせて頂いている関係者の皆様、お仕事のご連絡を頂いている皆様、連絡が急につかなくなったなどのご心配があってはいけないと思いここでご報告させてもらいました。事務所内で新たに窓口や連絡経路を速やかに作り対応します。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。
     ほんの数日だけなのに彼がいない不自由さを痛感しています。僕らは個人事務所なので塚原には一般的なマネージャー業務を遥かに超えて、多くの役割を担ってもらっていました。オーバーワークをさせてしまっていたなと、後悔の気持ちです。また一緒に働ける日を心待ちにしながら、メンバーそして残りのスタッフで頑張っていこうと思います。
     仕事でお世話になっている皆様には重ね重ねご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。

    RADWIMPS、スタッフ一同

    16:06 | Comments(0)

  • 2020.04.09 緊急事態宣言が出されて、今思うこと。
  • 2020.04.09
    緊急事態宣言が出されて、今思うこと。

    2020年04月09日

    緊急事態宣言が出されて、今思うこと。

    一昨日、緊急事態宣言が発出されました。ここから1ヶ月間、7都府県に住む人たちに対して外出自粛、営業自粛、在宅勤務などのより強い要請が出されました。今はなんとしても爆発的な感染を抑えこもうと。ニューヨークの例を見ていてもまったく油断はできませんし、感染者、死者の数は数週間遅れで後を追っているように思えます。ニューヨークやパリでは早くも「命を選別する」病院も出てきていると聞きます。人工呼吸器の数に限りがあるため助かる可能性の高い方に処置を施し、可能性の低い人の治療を断念する。そんな事態が発生しているようです。そんな医療崩壊をなんとしても防ごうというのが今回の宣言です。

    しかし日本は極端にPCR検査を受ける人数が少なく実態は把握できていません。公式発表の100倍の感染者が実は存在していてもまったく不思議ではありません。今回の緊急事態宣言を機にウィルスの感染を食い止め、なんとか事態が好転することを望みますがこのCOVID-19の感染力の高さを見ると楽観できないのが正直な気持ちです。そして何より国からの補償もなく営業自粛、経済活動の自粛を余儀なくされている多くの事業者、企業のことを考えます。首相も会見の中で「収入の7、8割以上の減額、最悪は無収入の状態の方もいると思われます」という趣旨の発言をしています。1ヶ月間、仕事をしなくても生きていける人たちは限られます。1ヶ月の間に倒産、失業した場合その後の職も探さなくてはいけません。その間の暮らしもあります。国は優先させるべき事柄とその犠牲にともなう代償を払っていないように感じます。リスクを背負っていない。あくまで「自粛要請」なので補償はしない。だけど私達は外出するなと言いました、という口実を作っているかのように感じます。医療崩壊を止めることが最優先ならば、補償は必須です。

    ウィルスで命の危険に晒されるか、はたまた経済的困窮で命の危険に晒されるか、国民に選ばせているのが現状です。どうにも食べていけなくなったら人々は働かざるを得ません。店を開けざるを得ません。誰にもその人達を否定する権利はありません。仮に僕の知り合いの店から次々に「もうどうにもクビが回らない。今週開けないとウチは廃業だ。」と言われたらなんとか助けになりたいと援助したり、お店にいって売り上げに貢献しようと思ってしまうと思います。そうやってどうしようもなく営業をしなくてはいけない店が数を増やし、それによりさらなる感染が増えたとしたらこの自粛要請はより中途半端な結果で終わります。

    また1ヶ月の間に大きな効果が現れ、ピークの勢いを和らげ事態が収束していったとしても完全な終息までには時間がかかると思われます。僕たちはこのウィルスとどう付き合っていくべきなのでしょうか。来年の今ごろに沈静化しているという保障はあるのでしょうか。政府や都は今年の五輪開催に向け粘りに粘りウィルス対策が後手にまわり、感染を拡大させた感が否めません。まだほんの一ヶ月ほど前まで今年の開催を強く主張していました。そして事態が急速に悪化するやいなや今度は五輪中止をなんとしても避けるべく来年の夏開催を早々に決定しました。五輪ももちろん大事です、でも未知のウィルスとの闘いに対して見積もりが甘いのではと危惧します。

    COVID-19との決着の仕方はいくつか考えられます。最善で最良のパターンは1. ウィルスが消滅すること。世界中の人々の努力によって感染を最小限に抑え、ウィルスが死滅するまで追い込む。それを願うばかりですがもしこれが可能だったとしても早くて半年から9ヶ月はかかるのではというのが大方の予想です。もしそれが叶わなかった場合、他に考えられるのは2. 約1年〜1年半後を目処に完成すると言われるワクチンが出来上がるか、3. 全世界人口の6〜7割がウィルスに感染することで集団免疫を持つか、おおよそこのあたりだと思われます。未知のウィルスなのでこの他に何が起こってもおかしくはありませんが、可能性として高いと思われるのがこの2、3の選択肢だと言われています。その場合、長期的な戦いになることが予想されます。そしてそうなった場合僕たちはどこかに線引きをして経済活動をしなくてはいけません。人との接触を抑え、外出自粛をし、ウィルスの蔓延を極端に減らしたところでその間に何百万人と失業者を出し、それに伴う自殺者や貧困による死者を出したら元も子もありません。どこかに線引きが必要です。この緊急事態の1ヶ月の間に世の中にそういった議論が行なえる空気ができることを望みます。もちろん事態が想定より軽くすんで日常が戻って来れば万々歳ですが、「万が一の長期戦に備え、僕らはどうやって生きていこうか」という議論をして仕組みを考えることはしておくべきだと思います。

    悲しいかな今回のウィルスで死者はある一定数生まれています。いまだ世界中で増えています。毎年流行する季節性インフルエンザも直接的及び間接的な影響による死亡者数は日本だけで1万人とも言われています。このCOVID-19でも次は僕かもしれないし、あなたかもしれない。でも感染者の9割以上が確率的に生き延びています。そして無症状で終わる人も相当数います。だからこそ怖いウィルスでもあります。専門家の中には季節性のインフルエンザと同様にこのCOVID-19も地球上に存在し続け、流行と収束を毎年のように繰り返すことになるのではと予想する人もいます。皆が最大限の警戒とウィルスを移さない、移されない努力をして生きつつ、残された人たちが失われた人たちの分まで命を繋ぎ前へ存続させるという意識が大事なのだと思います。

    僕たちアーティスト自身もこれからの形を模索していかなくてはいけません。苦境に立つ同業者で溢れていますし、僕たち自身も廃業の可能性がゼロとは言えません。また僕たちアーティストのライブや音源制作には数多くのスタッフがいて成り立っています。ツアーは楽器、音響、照明、映像、レーザー、舞台、美術、運搬など常時150名以上のスタッフで作り上げていて、その人たちの生活もままなりません。演劇の舞台も今次々中止になり同様の状況です。ライブハウス、小劇場、ミニシアターも予断を許しません。他に僕の耳に届くだけでも飲食、アパレル、イベント、サービス業、小売り、様々な中小企業で見通しが立たない現状です。こんな時だからこそ前を向き新しい可能性を、手を取り合いながら探していきたいと強く思います。
    今回、外出自粛、営業自粛が起きたことで汚染された大気や海水が劇的に改善され、動物たちにとって非常に好環境が生まれているといった報告が世界各地でなされているそうです。僕らがどれだけ声を大にしてこの地球環境を守ろうと呼びかけても実現しないことが、人類の生命の危機により易々となされるのはなんとも皮肉なことです。今回のウィルスが人間の「愚」を少しでも改め、「善」を伸ばす方向に作用することを願います。
    嘘みたいに辛い現実が目の前にありますが、必ず光明は差すと信じて歩み続けたいです。「あの時はどうなるかと思ったね」と笑ってまた皆が大事な人と過ごせますように。

    また何か発信するべきことが浮かんだら、こちらで書きます。
    どうかみなさん、健康で。

     

    洋次郎

    21:00 | Comments(110)

  • 2020.03.15 『Light The Light』
  • 2020.03.15
    『Light The Light』

    2020年03月15日

    『Light The Light』

    世界的な流行をみせる新型コロナウィルスの流行にともない、多くの人が普段とは違う生活を強いられています。本来「被害者」であるはずの感染者は、いつのまにか「加害者」へと見られ方を変え窮屈な想いをしながら日々を生活しています。どこに感染者がいるか分からない、自分が感染しているかもしれないという恐怖が伝播し、それは地域単位、国単位の差別的な偏見をも助長させます。社会機能の麻痺や混乱が来る恐れから、あらゆる歪みも生じてきています。マスク、生活用品の買い占め、特定の人種への心ない言葉、飲食店や公共施設などへの立ち入り拒否。ウィルスよりも恐ろしいのは人間の恐怖心や憎悪、冷酷さなのかもしれません。こんな時こそ冷静な判断、情報収集、そして手を取り合う心が必要なのではと強く感じます。
    今回、中国でお世話になっている方々から「中国で不安な生活を送る人たちを励ます曲を作ってはもらえませんか」と提案を受けました。ぜひ力になれるのならばと、急いで楽曲の制作に入りました。そして今回完成にこぎつけることができ、無料で中国国内の皆さんへ配信することを決めました。
    曲を作りながら、これは中国の方に向けたものであると同時に日本、そして世界中でウィルスの脅威と闘うすべての人に向けた曲だと感じました。順次他の国・地域でも聴けるような態勢を整えようと思います。
    音楽にできることはとても小さいです。でも時にその小ささに救われることもあるのではと、僕は思っています。歌詞の中でも書きました。この事態が無事終息し、無傷ではなくとも平穏な日々が戻ってきた時には「あの時は本当どうなるかと思ったね」と笑いながら皆大事な家族や友と話ができたらいいなと心から願っています。その時まで、皆で頑張り抜きたいです。

     

     

    洋次郎


     

    随着新型冠状毒的全球性流行,许多人被迫过着不同于以往的生活。原本是“受害者”的感染者,不知何时被当作了“加害者”,只能小心谨慎地过着每一天。不知道感染者在哪里,说不定自己也被感染了,诸如此类的恐惧扩散着,也助长了区域性、国家性的歧视和偏见。社会机能的瘫痪和对混乱的恐慌,导致了各种扭曲事态相继出现。抢购口罩、生活用品,对于特定人种随口说出冷漠的话,拒绝一部分人进入餐饮店和公共设施等地。或许,比病毒更可怕的是人类的恐惧、憎恶和冷酷。我强烈觉得,正是在这种时候,我们才更需要冷静地做出判断,做好情报收集,保持一颗携手共进的心。
    这次,收到了在中国承蒙关照的人士提出的建议,“能为在中国过着不安生活的人们做一首鼓励他们的歌曲吗?”,我很希望自己能出一份力,于是急忙进入了乐曲的创作。现在终于创作完成,于是决定面向中国的各位,免费播放这首歌曲。
    在创作的时候,我觉得这是面向中国的歌曲,同时也是面向日本乃至世界各地,是给所有与病毒威胁作斗争的人们的一首歌。我还计划让其他国家地区也能依次听到这首歌。
    音乐能做的事情很渺小。但我又觉得,有时候也会被那份渺小所拯救吧。歌词里面也有写道,待到疫情结束,哪怕不是毫发无损,待平稳的日子回归之时,希望我们都能与重要的家人朋友笑着说道“当时还真不知道会变成怎样呢”。在那之前,我想与大家一起努力,共度难关。

     

     

    洋次郎


     

    The global outbreak of novel coronavirus has shaken up the world and many of us are being forced to let go of the life we are familiar with.  Those who are infected with the virus were first treated as victims, but now they are considered as victimizers, a threat to others, and are feeling unnecessary indignity and distress in the process.
    Not knowing who is infected, including ourselves, creates and spreads fears that lead to bigotry and discrimination pitting one community or one nation against the other.  Fears that the whole nation may be put in a state of chaos and paralysis are causing all sorts of social disruptions such as hoarding facial masks and other supplies or hurling abuses and refusing entry to restaurants and public facilities of particular races. Fear, hatred, and cruelty of human beings seem more terrifying than the virus itself. That is why I strongly believe that it is necessary to remain calm, get facts right, and reach out and help each other.
    We and the supporters in China discussed and decided to create a song for Chinese people living in anxiety and fear, and I immediately started to work on a piece, hoping to help in whatever way possible. The work is now finished and we decided to distribute it for free in China.  We are now thinking about ways to make it available in other countries/regions later on.
    In the process of creating this piece of music I recognize that this is a song for not only Chinese people but also Japanese and all the people around the world who are fighting the threat of COVID-19.
    There is only so much what music can do, but I believe that many of us find solace in music. As I wrote in the lyrics to this song, I truly hope that when the outbreak winds down and normalcy is restored even if we are not totally unscathed, we will be able to laugh about it with our families and friends. Until then, we are going to hang in there.

     

     

    Yojiro

     

    <追記>
    Music Video
    Light The Light/RADWIMPSオフィシャルYouTube

    Lyrics(歌詞)
    English
    Japanese
    Chinese

    Music streaming

    01:00 | Comments(15)

  • 2020.03.11 『世界の果て』
  • 2020.03.11
    『世界の果て』

    2020年03月11日

    『世界の果て』

    あれから9年、今年も曲を作りました。 
     
    期せずして2020年3月11日現在、世の中はウィルスという社会的危機の中にあります。 
    情報が氾濫し、歪んだ感情も溢れているように感じます。 
    人々の姿こそウィルスよりも脅威に感じる瞬間があります。 
    何かのキッカケで一気に崩れ落ちていってしまうのではないか、そんな緊迫感があります。 
    それでも、それだからこそ今年も変わらずあの3月11日に想いを巡らせ、そこに『今』の空気を混ぜて一つの曲にしたいと思いました。 
    なるべく素直に、思いのままに作った結果今年はこのような曲になりました。 
    絶望感がありながら、どこかそれは懐かしく優しいものに自分は感じたのです。 
    色んな声があると思いますが、受け取ってもらえたら幸いです。 
     
    年々薄れていく記憶。 
    それでも癒えることのない傷。 
    新たに生まれる災害。 
    すべての痛みに向き合っていたら到底心が追いつかない時代に僕たちは生きているのかもしれません。 日々の小さな幸せに、眼を向けることを忘れずに生きたいです。 
     
    今年も録音は菅井さん、映像は島田さんにお願いしました。ありがとう。 
     
    来年は震災から丸10年。一つの節目となります。 
    この国で10年間歳を重ねてきた僕たち自身への一つの投げかけにもなる年だと思います。 
    「あれから、僕たちはどう生きたか」 そんな問いに、まっすぐ眼を見てこたえられるように、生きようと思います。 
     
    9年前の東日本大震災で亡くなったすべての命に、今も被災し続けるすべての方々に、合掌。 
     
     
    洋次郎 
     
     
    世界の果て/RADWIMPSオフィシャルYouTube 
     
    Lyrics(歌詞) 
    Japanese 
    English

    14:46 | Comments(24)

  • 2019.03.11 『夜の淵』
  • 2019.03.11
    『夜の淵』

    2019年03月11日

    『夜の淵』

    今年も曲を作りました。 
    タイトルは「夜の淵」。 
    東日本大震災から8年が経ちました。 
    そしてこの8年の間にまたいくつもの災害、悲劇がこの国を襲ってきました。 
    昨年は北海道、関西での地震、西日本での豪雨など例年以上に災害が多発した年でした。 
     
    昨年地震が起きた夜、停電で真っ暗な中SNSなどで恐怖と闘いながら朝を待つたくさんの声を受け取りました。あいも変わらず何もできない自分にもどかしさを感じながら、せめて子守唄に、ほんの少しの心の安らぎになったらいいなと思い今回の曲を作りました。そこにさらに歌詞を加え、編曲し、レコーディングしたものが今回の曲です。 
     
    普段の生活は不自由を味わった時にその幸せに気づきます。たった一つの電気が、あったかい部屋が、当たり前にそこにいる家族が、お風呂が、食事が、かけがえもなく幸せなことに気づきます。そんな小さいかもしれないひとつひとつのために僕たちは日々を生きているんだと実感します。 
     
    東日本大震災。今も数多く行方がわからない方がいます。そしてその帰りを待つ家族の方がいます。元の場所に帰れない方がいます。原発の修復、廃炉作業をするたくさんの方がいます。オリンピックももちろんいいけれど、なんだか色んなことに蓋をして、忘れてお祭りになるのだけは嫌だなと、思います。 
     
    8年が経ち、震災を知らない世代が増えていきます。残念だけど、きっと定期的に、どうしたって地震や災害は襲ってきます。僕たちの日常を奪っていきます。その度に、思いやって、思い合ってひとつになれる国であったらいいなと心から願っています。 
     
    最後に、震災で亡くなったすべての命に、今も被災し続ける方達に、合掌。 
     
     
    洋次郎 
     
     
    夜の淵/RADWIMPSオフィシャルYouTube 
     
    Lyrics(歌詞) 
    Japanese 
    English 

    14:46 | Comments(35)

  • 2019.01.06 II U 日本語訳
  • 2019.01.06
    II U 日本語訳

    2019年01月06日

    II U 日本語訳

    僕はたまに馬鹿げたことを考える
    人が考えうるもっとも馬鹿げたことを

    僕が人生の大半を 君のことを考えるのに消費している間
    君はどのくらい僕のことを考えているだろう、なんて

    おかしな話なのは分かってるよ
    「僕みたいになってよ」なんてもし僕が言ったとしたら

    僕が君を好きになった理由は
    あの頃の自分とはまったく違う人間だったからなのにね

    難しくしたのは 僕たちかな
    でもここまで実現してきたのも きっと僕たちだ
    何千という言葉はきっと今何の解決もしてくれない
    だから 手を繋ごう
    もしまた 逢うことがあれば

    人は『生きる目的』を探す
    僕は逆にそんなもののない人生が 今は欲しい

    君の肌や唇やマインドから離れた人生を
    僕の思考を支配しているそれら全てから

    難しくしたのは 僕たちかな
    でもここまで可能にしてきたのも きっと僕たちだ
    何千という言葉はきっと今何もクリアにはしてくれない
    だから 手を繋ごう
    もしまた 逢うことがあれば

    僕はたまに馬鹿げたことを考える
    人が考えうるもっとも馬鹿げたことを

    いっそこの長い人生を早々に切り上げて
    消えてしまえば 次でもっと早く再会できるかな、なんて
    どの便に乗ればいいかだけ ねぇ、教えて

    19:24 | Comments(106)

  • 2018.12.31 年末年始のご挨拶。
  • 2018.12.31
    年末年始のご挨拶。

    2018年12月31日

    年末年始のご挨拶。

    洋次郎です。

    今年も僕たちの音楽や活動を応援してくださった方、楽しんでくださった方、関わって頂いた方々に心から感謝です。ありがとうございます。

    年末にアルバムを出すことができ、そのタイミングで1年を振り返る機会も多くあり今年もアレコレと駆け抜けた年だったなと実感しています。ベルリン国際映画祭に行ったり、映画『空海』に携わったりしたのが遥か昔のことのようです。それだけ充実して過ごせたということで、嬉しく思います。でもやはり心の中の指針はすべてアルバム『ANTI ANTI GENERATION』に向かっていった1年だったなと思います。ようやく、届けられて本当によかった。

    来年の前半は少し落ち着いて、また制作に没頭する時間が多いかと思います。まだ発表できないことも幾つかあり、正直言いたくてウズウズしています。ライブもきっとどこかで必ずします。それまでぜひアルバムを聴き込んで、待っていてくれたらと思います。その時は最高な空間にしましょう。

    思えばここ数年間、止まることなく走り続けているように思います。その都度、苦悩や迷いはありますが、大好きな音楽をこんなに自由に堂々とできることが何にも代えがたく幸せです。本当に幸せ。来年もやりきります。

    皆さんにとっても来年が実りの多い一年でありますように。幸せが溢れますように。

     

     

    洋次郎

    19:39 | Comments(130)