Wimps Repo

  • 2020.03.11 『世界の果て』
  • 2020.03.11
    『世界の果て』

    2020年03月11日

    『世界の果て』

    あれから9年、今年も曲を作りました。期せずして2020年3月11日現在、世の中はウィルスという社会的危機の中にあります。情報が氾濫し、歪んだ感情も溢れているように感じます。人々の姿こそウィルスよりも脅威に感じる瞬間があります。何かのキッカケで一気に崩れ落ちていってしまうのではないか、そんな緊迫感があります。それでも、それだからこそ今年も変わらずあの3月11日に想いを巡らせ、そこに『今』の空気を混ぜて一つの曲にしたいと思いました。なるべく素直に、思いのままに作った結果今年はこのような曲になりました。絶望感がありながら、どこかそれは懐かしく優しいものに自分は感じたのです。色んな声があると思いますが、受け取ってもらえたら幸いです。
    年々薄れていく記憶。それでも癒えることのない傷。新たに生まれる災害。すべての痛みに向き合っていたら到底心が追いつかない時代に僕たちは生きているのかもしれません。日々の小さな幸せに、眼を向けることを忘れずに生きたいです。

    今年も録音は菅井さん、映像は島田さんにお願いしました。ありがとう。
    来年は震災から丸10年。一つの節目となります。この国で10年間歳を重ねてきた僕たち自身への一つの投げかけにもなる年だと思います。
    「あれから、僕たちはどう生きたか」
    そんな問いに、まっすぐ眼を見てこたえられるように、生きようと思います。
    9年前の東日本大震災で亡くなったすべての命に、今も被災し続けるすべての方々に、合掌。

    洋次郎

    世界の果て/RADWIMPSオフィシャルYouTube

    Lyrics(歌詞)
    Japanese
    English

    14:46 | Comments(24)

  • 2020.06.11 お世話になっている仕事の皆様、ファンの皆さん
  • 2020.06.11
    お世話になっている仕事の皆様、ファンの皆さん

    2020年06月11日

    お世話になっている仕事の皆様、ファンの皆さん

    僕らが19歳くらいの頃からだからもう16年くらいになるだろうか。ずっと一緒に歩んできたマネージャーの塚原がくも膜下出血で昨日、緊急手術を受けました。手術は9時間に及ぶものでしたが無事終わり、意識もある状態とのことです。こうやって伝える必要があるのか迷ったけど少なからずラッドを聴いてくれている人、僕らの活動に触れてくれている人にとっては間接的でも関わっていて、塚原がいなければ僕らの活動も何かしら違うものになっていたと思うので無関係ではないと思いここに記します。
     そして何より、今まさにお仕事で関わらせて頂いている関係者の皆様、お仕事のご連絡を頂いている皆様、連絡が急につかなくなったなどのご心配があってはいけないと思いここでご報告させてもらいました。事務所内で新たに窓口や連絡経路を速やかに作り対応します。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。
     ほんの数日だけなのに彼がいない不自由さを痛感しています。僕らは個人事務所なので塚原には一般的なマネージャー業務を遥かに超えて、多くの役割を担ってもらっていました。オーバーワークをさせてしまっていたなと、後悔の気持ちです。また一緒に働ける日を心待ちにしながら、メンバーそして残りのスタッフで頑張っていこうと思います。
     仕事でお世話になっている皆様には重ね重ねご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。

    RADWIMPS、スタッフ一同

    16:06 | Comments(0)

  • 2020.04.09 緊急事態宣言が出されて、今思うこと。
  • 2020.04.09
    緊急事態宣言が出されて、今思うこと。

    2020年04月09日

    緊急事態宣言が出されて、今思うこと。

    一昨日、緊急事態宣言が発出されました。ここから1ヶ月間、7都府県に住む人たちに対して外出自粛、営業自粛、在宅勤務などのより強い要請が出されました。今はなんとしても爆発的な感染を抑えこもうと。ニューヨークの例を見ていてもまったく油断はできませんし、感染者、死者の数は数週間遅れで後を追っているように思えます。ニューヨークやパリでは早くも「命を選別する」病院も出てきていると聞きます。人工呼吸器の数に限りがあるため助かる可能性の高い方に処置を施し、可能性の低い人の治療を断念する。そんな事態が発生しているようです。そんな医療崩壊をなんとしても防ごうというのが今回の宣言です。

    しかし日本は極端にPCR検査を受ける人数が少なく実態は把握できていません。公式発表の100倍の感染者が実は存在していてもまったく不思議ではありません。今回の緊急事態宣言を機にウィルスの感染を食い止め、なんとか事態が好転することを望みますがこのCOVID-19の感染力の高さを見ると楽観できないのが正直な気持ちです。そして何より国からの補償もなく営業自粛、経済活動の自粛を余儀なくされている多くの事業者、企業のことを考えます。首相も会見の中で「収入の7、8割以上の減額、最悪は無収入の状態の方もいると思われます」という趣旨の発言をしています。1ヶ月間、仕事をしなくても生きていける人たちは限られます。1ヶ月の間に倒産、失業した場合その後の職も探さなくてはいけません。その間の暮らしもあります。国は優先させるべき事柄とその犠牲にともなう代償を払っていないように感じます。リスクを背負っていない。あくまで「自粛要請」なので補償はしない。だけど私達は外出するなと言いました、という口実を作っているかのように感じます。医療崩壊を止めることが最優先ならば、補償は必須です。

    ウィルスで命の危険に晒されるか、はたまた経済的困窮で命の危険に晒されるか、国民に選ばせているのが現状です。どうにも食べていけなくなったら人々は働かざるを得ません。店を開けざるを得ません。誰にもその人達を否定する権利はありません。仮に僕の知り合いの店から次々に「もうどうにもクビが回らない。今週開けないとウチは廃業だ。」と言われたらなんとか助けになりたいと援助したり、お店にいって売り上げに貢献しようと思ってしまうと思います。そうやってどうしようもなく営業をしなくてはいけない店が数を増やし、それによりさらなる感染が増えたとしたらこの自粛要請はより中途半端な結果で終わります。

    また1ヶ月の間に大きな効果が現れ、ピークの勢いを和らげ事態が収束していったとしても完全な終息までには時間がかかると思われます。僕たちはこのウィルスとどう付き合っていくべきなのでしょうか。来年の今ごろに沈静化しているという保障はあるのでしょうか。政府や都は今年の五輪開催に向け粘りに粘りウィルス対策が後手にまわり、感染を拡大させた感が否めません。まだほんの一ヶ月ほど前まで今年の開催を強く主張していました。そして事態が急速に悪化するやいなや今度は五輪中止をなんとしても避けるべく来年の夏開催を早々に決定しました。五輪ももちろん大事です、でも未知のウィルスとの闘いに対して見積もりが甘いのではと危惧します。

    COVID-19との決着の仕方はいくつか考えられます。最善で最良のパターンは1. ウィルスが消滅すること。世界中の人々の努力によって感染を最小限に抑え、ウィルスが死滅するまで追い込む。それを願うばかりですがもしこれが可能だったとしても早くて半年から9ヶ月はかかるのではというのが大方の予想です。もしそれが叶わなかった場合、他に考えられるのは2. 約1年〜1年半後を目処に完成すると言われるワクチンが出来上がるか、3. 全世界人口の6〜7割がウィルスに感染することで集団免疫を持つか、おおよそこのあたりだと思われます。未知のウィルスなのでこの他に何が起こってもおかしくはありませんが、可能性として高いと思われるのがこの2、3の選択肢だと言われています。その場合、長期的な戦いになることが予想されます。そしてそうなった場合僕たちはどこかに線引きをして経済活動をしなくてはいけません。人との接触を抑え、外出自粛をし、ウィルスの蔓延を極端に減らしたところでその間に何百万人と失業者を出し、それに伴う自殺者や貧困による死者を出したら元も子もありません。どこかに線引きが必要です。この緊急事態の1ヶ月の間に世の中にそういった議論が行なえる空気ができることを望みます。もちろん事態が想定より軽くすんで日常が戻って来れば万々歳ですが、「万が一の長期戦に備え、僕らはどうやって生きていこうか」という議論をして仕組みを考えることはしておくべきだと思います。

    悲しいかな今回のウィルスで死者はある一定数生まれています。いまだ世界中で増えています。毎年流行する季節性インフルエンザも直接的及び間接的な影響による死亡者数は日本だけで1万人とも言われています。このCOVID-19でも次は僕かもしれないし、あなたかもしれない。でも感染者の9割以上が確率的に生き延びています。そして無症状で終わる人も相当数います。だからこそ怖いウィルスでもあります。専門家の中には季節性のインフルエンザと同様にこのCOVID-19も地球上に存在し続け、流行と収束を毎年のように繰り返すことになるのではと予想する人もいます。皆が最大限の警戒とウィルスを移さない、移されない努力をして生きつつ、残された人たちが失われた人たちの分まで命を繋ぎ前へ存続させるという意識が大事なのだと思います。

    僕たちアーティスト自身もこれからの形を模索していかなくてはいけません。苦境に立つ同業者で溢れていますし、僕たち自身も廃業の可能性がゼロとは言えません。また僕たちアーティストのライブや音源制作には数多くのスタッフがいて成り立っています。ツアーは楽器、音響、照明、映像、レーザー、舞台、美術、運搬など常時150名以上のスタッフで作り上げていて、その人たちの生活もままなりません。演劇の舞台も今次々中止になり同様の状況です。ライブハウス、小劇場、ミニシアターも予断を許しません。他に僕の耳に届くだけでも飲食、アパレル、イベント、サービス業、小売り、様々な中小企業で見通しが立たない現状です。こんな時だからこそ前を向き新しい可能性を、手を取り合いながら探していきたいと強く思います。
    今回、外出自粛、営業自粛が起きたことで汚染された大気や海水が劇的に改善され、動物たちにとって非常に好環境が生まれているといった報告が世界各地でなされているそうです。僕らがどれだけ声を大にしてこの地球環境を守ろうと呼びかけても実現しないことが、人類の生命の危機により易々となされるのはなんとも皮肉なことです。今回のウィルスが人間の「愚」を少しでも改め、「善」を伸ばす方向に作用することを願います。
    嘘みたいに辛い現実が目の前にありますが、必ず光明は差すと信じて歩み続けたいです。「あの時はどうなるかと思ったね」と笑ってまた皆が大事な人と過ごせますように。

    また何か発信するべきことが浮かんだら、こちらで書きます。
    どうかみなさん、健康で。

     

    洋次郎

    21:00 | Comments(110)

  • 2020.03.15 『Light The Light』
  • 2020.03.15
    『Light The Light』

    2020年03月15日

    『Light The Light』

    世界的な流行をみせる新型コロナウィルスの流行にともない、多くの人が普段とは違う生活を強いられています。本来「被害者」であるはずの感染者は、いつのまにか「加害者」へと見られ方を変え窮屈な想いをしながら日々を生活しています。どこに感染者がいるか分からない、自分が感染しているかもしれないという恐怖が伝播し、それは地域単位、国単位の差別的な偏見をも助長させます。社会機能の麻痺や混乱が来る恐れから、あらゆる歪みも生じてきています。マスク、生活用品の買い占め、特定の人種への心ない言葉、飲食店や公共施設などへの立ち入り拒否。ウィルスよりも恐ろしいのは人間の恐怖心や憎悪、冷酷さなのかもしれません。こんな時こそ冷静な判断、情報収集、そして手を取り合う心が必要なのではと強く感じます。
    今回、中国でお世話になっている方々から「中国で不安な生活を送る人たちを励ます曲を作ってはもらえませんか」と提案を受けました。ぜひ力になれるのならばと、急いで楽曲の制作に入りました。そして今回完成にこぎつけることができ、無料で中国国内の皆さんへ配信することを決めました。
    曲を作りながら、これは中国の方に向けたものであると同時に日本、そして世界中でウィルスの脅威と闘うすべての人に向けた曲だと感じました。順次他の国・地域でも聴けるような態勢を整えようと思います。
    音楽にできることはとても小さいです。でも時にその小ささに救われることもあるのではと、僕は思っています。歌詞の中でも書きました。この事態が無事終息し、無傷ではなくとも平穏な日々が戻ってきた時には「あの時は本当どうなるかと思ったね」と笑いながら皆大事な家族や友と話ができたらいいなと心から願っています。その時まで、皆で頑張り抜きたいです。

     

     

    洋次郎


     

    随着新型冠状毒的全球性流行,许多人被迫过着不同于以往的生活。原本是“受害者”的感染者,不知何时被当作了“加害者”,只能小心谨慎地过着每一天。不知道感染者在哪里,说不定自己也被感染了,诸如此类的恐惧扩散着,也助长了区域性、国家性的歧视和偏见。社会机能的瘫痪和对混乱的恐慌,导致了各种扭曲事态相继出现。抢购口罩、生活用品,对于特定人种随口说出冷漠的话,拒绝一部分人进入餐饮店和公共设施等地。或许,比病毒更可怕的是人类的恐惧、憎恶和冷酷。我强烈觉得,正是在这种时候,我们才更需要冷静地做出判断,做好情报收集,保持一颗携手共进的心。
    这次,收到了在中国承蒙关照的人士提出的建议,“能为在中国过着不安生活的人们做一首鼓励他们的歌曲吗?”,我很希望自己能出一份力,于是急忙进入了乐曲的创作。现在终于创作完成,于是决定面向中国的各位,免费播放这首歌曲。
    在创作的时候,我觉得这是面向中国的歌曲,同时也是面向日本乃至世界各地,是给所有与病毒威胁作斗争的人们的一首歌。我还计划让其他国家地区也能依次听到这首歌。
    音乐能做的事情很渺小。但我又觉得,有时候也会被那份渺小所拯救吧。歌词里面也有写道,待到疫情结束,哪怕不是毫发无损,待平稳的日子回归之时,希望我们都能与重要的家人朋友笑着说道“当时还真不知道会变成怎样呢”。在那之前,我想与大家一起努力,共度难关。

     

     

    洋次郎


     

    The global outbreak of novel coronavirus has shaken up the world and many of us are being forced to let go of the life we are familiar with.  Those who are infected with the virus were first treated as victims, but now they are considered as victimizers, a threat to others, and are feeling unnecessary indignity and distress in the process.
    Not knowing who is infected, including ourselves, creates and spreads fears that lead to bigotry and discrimination pitting one community or one nation against the other.  Fears that the whole nation may be put in a state of chaos and paralysis are causing all sorts of social disruptions such as hoarding facial masks and other supplies or hurling abuses and refusing entry to restaurants and public facilities of particular races. Fear, hatred, and cruelty of human beings seem more terrifying than the virus itself. That is why I strongly believe that it is necessary to remain calm, get facts right, and reach out and help each other.
    We and the supporters in China discussed and decided to create a song for Chinese people living in anxiety and fear, and I immediately started to work on a piece, hoping to help in whatever way possible. The work is now finished and we decided to distribute it for free in China.  We are now thinking about ways to make it available in other countries/regions later on.
    In the process of creating this piece of music I recognize that this is a song for not only Chinese people but also Japanese and all the people around the world who are fighting the threat of COVID-19.
    There is only so much what music can do, but I believe that many of us find solace in music. As I wrote in the lyrics to this song, I truly hope that when the outbreak winds down and normalcy is restored even if we are not totally unscathed, we will be able to laugh about it with our families and friends. Until then, we are going to hang in there.

     

     

    Yojiro

     

    <追記>
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    Light The Light/RADWIMPSオフィシャルYouTube

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    Chinese

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  • 2020.03.11 『世界の果て』
  • 2020.03.11
    『世界の果て』

    2020年03月11日

    『世界の果て』

    あれから9年、今年も曲を作りました。期せずして2020年3月11日現在、世の中はウィルスという社会的危機の中にあります。情報が氾濫し、歪んだ感情も溢れているように感じます。人々の姿こそウィルスよりも脅威に感じる瞬間があります。何かのキッカケで一気に崩れ落ちていってしまうのではないか、そんな緊迫感があります。それでも、それだからこそ今年も変わらずあの3月11日に想いを巡らせ、そこに『今』の空気を混ぜて一つの曲にしたいと思いました。なるべく素直に、思いのままに作った結果今年はこのような曲になりました。絶望感がありながら、どこかそれは懐かしく優しいものに自分は感じたのです。色んな声があると思いますが、受け取ってもらえたら幸いです。
    年々薄れていく記憶。それでも癒えることのない傷。新たに生まれる災害。すべての痛みに向き合っていたら到底心が追いつかない時代に僕たちは生きているのかもしれません。日々の小さな幸せに、眼を向けることを忘れずに生きたいです。

    今年も録音は菅井さん、映像は島田さんにお願いしました。ありがとう。
    来年は震災から丸10年。一つの節目となります。この国で10年間歳を重ねてきた僕たち自身への一つの投げかけにもなる年だと思います。
    「あれから、僕たちはどう生きたか」
    そんな問いに、まっすぐ眼を見てこたえられるように、生きようと思います。
    9年前の東日本大震災で亡くなったすべての命に、今も被災し続けるすべての方々に、合掌。

    洋次郎

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    14:46 | Comments(24)

  • 2019.03.11 『夜の淵』
  • 2019.03.11
    『夜の淵』

    2019年03月11日

    『夜の淵』

    今年も曲を作りました。
    タイトルは「夜の淵」。
    東日本大震災から8年が経ちました。
    そしてこの8年の間にまたいくつもの災害、悲劇がこの国を襲ってきました。
    昨年は北海道、関西での地震、西日本での豪雨など例年以上に災害が多発した年でした。

    昨年地震が起きた夜、停電で真っ暗な中SNSなどで恐怖と闘いながら朝を待つたくさんの声を受け取りました。あいも変わらず何もできない自分にもどかしさを感じながら、せめて子守唄に、ほんの少しの心の安らぎになったらいいなと思い今回の曲を作りました。そこにさらに歌詞を加え、編曲し、レコーディングしたものが今回の曲です。

    普段の生活は不自由を味わった時にその幸せに気づきます。たった一つの電気が、あったかい部屋が、当たり前にそこにいる家族が、お風呂が、食事が、かけがえもなく幸せなことに気づきます。そんな小さいかもしれないひとつひとつのために僕たちは日々を生きているんだと実感します。

    東日本大震災。今も数多く行方がわからない方がいます。そしてその帰りを待つ家族の方がいます。元の場所に帰れない方がいます。原発の修復、廃炉作業をするたくさんの方がいます。オリンピックももちろんいいけれど、なんだか色んなことに蓋をして、忘れてお祭りになるのだけは嫌だなと、思います。

    8年が経ち、震災を知らない世代が増えていきます。残念だけど、きっと定期的に、どうしたって地震や災害は襲ってきます。僕たちの日常を奪っていきます。その度に、思いやって、思い合ってひとつになれる国であったらいいなと心から願っています。

    最後に、震災で亡くなったすべての命に、今も被災し続ける方達に、合掌。

    洋次郎

    夜の淵 / RADWIMPSオフィシャルYouTube

    Lyrics(歌詞)
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    14:46 | Comments(35)

  • 2019.01.06 II U 日本語訳
  • 2019.01.06
    II U 日本語訳

    2019年01月06日

    II U 日本語訳

    僕はたまに馬鹿げたことを考える
    人が考えうるもっとも馬鹿げたことを

    僕が人生の大半を 君のことを考えるのに消費している間
    君はどのくらい僕のことを考えているだろう、なんて

    おかしな話なのは分かってるよ
    「僕みたいになってよ」なんてもし僕が言ったとしたら

    僕が君を好きになった理由は
    あの頃の自分とはまったく違う人間だったからなのにね

    難しくしたのは 僕たちかな
    でもここまで実現してきたのも きっと僕たちだ
    何千という言葉はきっと今何の解決もしてくれない
    だから 手を繋ごう
    もしまた 逢うことがあれば

    人は『生きる目的』を探す
    僕は逆にそんなもののない人生が 今は欲しい

    君の肌や唇やマインドから離れた人生を
    僕の思考を支配しているそれら全てから

    難しくしたのは 僕たちかな
    でもここまで可能にしてきたのも きっと僕たちだ
    何千という言葉はきっと今何もクリアにはしてくれない
    だから 手を繋ごう
    もしまた 逢うことがあれば

    僕はたまに馬鹿げたことを考える
    人が考えうるもっとも馬鹿げたことを

    いっそこの長い人生を早々に切り上げて
    消えてしまえば 次でもっと早く再会できるかな、なんて
    どの便に乗ればいいかだけ ねぇ、教えて

    19:24 | Comments(106)

  • 2018.12.31 年末年始のご挨拶。
  • 2018.12.31
    年末年始のご挨拶。

    2018年12月31日

    年末年始のご挨拶。

    洋次郎です。

    今年も僕たちの音楽や活動を応援してくださった方、楽しんでくださった方、関わって頂いた方々に心から感謝です。ありがとうございます。

    年末にアルバムを出すことができ、そのタイミングで1年を振り返る機会も多くあり今年もアレコレと駆け抜けた年だったなと実感しています。ベルリン国際映画祭に行ったり、映画『空海』に携わったりしたのが遥か昔のことのようです。それだけ充実して過ごせたということで、嬉しく思います。でもやはり心の中の指針はすべてアルバム『ANTI ANTI GENERATION』に向かっていった1年だったなと思います。ようやく、届けられて本当によかった。

    来年の前半は少し落ち着いて、また制作に没頭する時間が多いかと思います。まだ発表できないことも幾つかあり、正直言いたくてウズウズしています。ライブもきっとどこかで必ずします。それまでぜひアルバムを聴き込んで、待っていてくれたらと思います。その時は最高な空間にしましょう。

    思えばここ数年間、止まることなく走り続けているように思います。その都度、苦悩や迷いはありますが、大好きな音楽をこんなに自由に堂々とできることが何にも代えがたく幸せです。本当に幸せ。来年もやりきります。

    皆さんにとっても来年が実りの多い一年でありますように。幸せが溢れますように。

     

     

    洋次郎

    19:39 | Comments(130)

  • 2018.08.10 チャットモンチーについて。
  • 2018.08.10
    チャットモンチーについて。

    2018年08月10日

    チャットモンチーについて。

    久々すぎるブログ。ご無沙汰しています。

    チャットモンチーについて、ツイッターやインスタで書こうと何度も思ったけど思ったように伝えられる気がしなくてズルズルと先延ばしになっていた。なので遅ればせながらこちらで書きます。好き勝手にただ書きます。主観に満ちているのでご注意を。

     

    僕らとチャットモンチーの出逢いは恐らく2004年頃(好き勝手に書くので細かいところも曖昧です)。当時ラッドもチャットもまだお互いインディーズバンド。お互いにツアーをまわっている中で京都MOJOというライブハウスで対バンが組まれた。インディーズバンドはいわゆる皆さんのイメージ通り自分たちの車で、機材や楽器と一緒に全国を走り回り、当然知名度もないので少人数のお客さんの前で演奏をし、なんとかその少ないながらもお客さんに好きになってもらってあわよくば物販でCDを買ってもらおうと出番終了後は直接物販スペースで手売りをする(時には押し売りもする)という日々。

    対バン相手は仲間内で企画する以外はその各ライブハウスのブッキングの方や店長さんが組んでくれる。県外から来たなかなかいいアーティストには地元でお客さんを呼べそうなバンドをあててくれたり、対バン企画が面白くなるような組み合わせをあれこれ考えてくれる。大体一回のライブに4、5バンド。各バンド持ち時間30分〜40分が相場といったところ。大体そうやって対バンを続けると色んなバンドと親交が深まり交友も増えて足を運ぶたびに動員を増やしていったりするバンドもいるのだけど何しろ当時の僕らは社交性といったものを持ち合わせていなく何度ツアーをやれど友達バンドは増えていかなかった。そして正直な話、「友達になりたい」と思わせるようなすごいバンドはほぼいなかった。どれだけ動員があっても、どれだけイイ人でも、音楽がかっこよくないと仲良くなんかなれるわけない。

     

    そうしてツアーを回っている中、京都で僕らはチャットモンチーに出逢った。ツアー中散々色んな対バン相手を見ているので一目で分かる。その凄さが。飄々と、凛と、どっしりと、あのチャットモンチーはその時からもうどこをどう切ってもチャットモンチーだった。当時の僕らもすでにRADWIMPSと名乗っていたがまだ自分たちの姿を捉えきれず、模索し、迷いながら進んでいた。余計に彼女たちの音楽は僕たちとは一段、違うステージで響いているように感じた。そんな彼女たちでさえ当時まだ全国的に無名な存在。僕らももちろん同様でその時のライブもおそらくお客さんは4、50人だったのではないだろうか(これはものすごく多い方)。

    彼女たちのその鮮烈な印象だけを強く残し、予想通り引っ込み思案の僕らは交流を持ったりすることもなく、その場のかるーい挨拶を交わす程度で別れた。おそらく打ち上げにも出なかったんじゃないかな(当時の僕らは(特に僕は)なるべく打ち上げには出たくないタイプだった。本当に申し訳ないかなバンドの打ち上げが苦手だった。その日が初対面のバンドマンたちと酒を酌み交わすポテンシャルがどうしてもなかった…)。おそらくチャットも出なかったんじゃないかな。

    時は流れ2006年、大阪のFM802のイベント(たぶん)でRADWIMPS、チャットモンチー、絢香という今思えばなんともミラクルでごった煮な対バンイベントが組まれた。この3組はたしか全員メジャーデビューが2005,2006年のピチピチのデビュー組。その期待を受け組まれた対バンだったように思う。その会場となったのは大阪の『シャングリラ』だった。そこで再会した時、僕らは嬉しくて意気揚々と京都での対バンの話をした。するとあっけらかんと彼女たちは「うそ、ほんと?ごめん。覚えてない。」と言ったのだった。うん、まぁ、そうよね。たしかに。僕らは当時その程度のバンドだったと思う。でもめげずに京都での対バンの時、チャットモンチーが僕たちの耳にどれだけ鮮烈に響いたかを伝えた。とても喜んでくれた。(余談だけどこの日の3組の打ち上げ時、酔った勢いでウチの武田が絢香さんに一緒に写メを撮ってほしいとお願いするとすかさず絢香さんのマネージャーさんがどこからともなくフッと現れ見事に阻止されたのは僕らの界隈ではあまりにも有名な話)(さらにさらに余談だがこの打ち上げで出されたカキフライで食あたりを起こした桑原はその後一切カキを食べることはなくなった。大のカキ好きの僕としてメンバーがカキと縁を切ってしまった少々残念な日となってしまった。)。

     

    実はこのライブから遡ること数ヶ月。2005年11月23日。僕らは『25コ目の染色体』というシングルでメジャーデビューを果たしていた。そして同じ日、チャットモンチーもミニアルバム『chatmonchy has come』でメジャーデビューをした。何の因果か僕らは全く同じ日にメジャーデビューをしたのだった。

    そこからは世間の皆さんも知っての通り。ラッドもチャットも、それぞれのやり方でそれぞれの道を歩み続けた。むこうはどう思っていたか分からないけど、僕はどこかでふと立ち止まっては隣を(時には先を)走るチャットを、たまに見たりして、自分を鼓舞したりしていた。

    チャットモンチーが好きだった。影響をたくさん受けた。そしていちいちこんな歌詞俺には書けないな、こんな歌は俺には歌えないな、こんな佇まいでいられないな、なんてことを思った。だから俺はこうやる。だから俺は俺のやり方でやる、俺にあるのはこれだ、とその都度思えた。

    デビューして数年後、ごくたまーにベースのアッコとは会って吞んだり話すようになった。何しろ風通しのいい、ホントに気持ちのいいヤツ。俺がチャットに対する想いを伝えると、彼女も少なからずラッドのことを良きライバルとしてずっと見てくれていたことを知った。僕が僕なりのメジャーでのやり方を伝えると、羨ましいと言われたりした。ちゃんと話すようになってはじめて彼女たちの葛藤や苦悩を知った。

    彼女たちは不器用だ。音源を聞いただけでも分かる。アートワーク、歌詞、ステージ、MC、どこをどう取ってもわかる。それと同時に彼女たちはいつだって飄々として、凛として、堂に入っていた。14年前ライブハウスではじめて観た時と何も変わらない。気高くて、揺るがなく僕の眼に映った。いつでもそれが美しく見えた。でもどこかで泣きそうにもなった。なんでそんな頑張り方すんだよって。ちょっとムカつくような気持ちにも似ていたかも。

    レコーディング技術全盛の時代に多重録音(あとからダビングして録音すること)をことごとく排除した。どのバンドも間違いなくやるであろう機械でちょろっと直せる修正もほとんどしていなかった。ライブで3人で再現することに頑なにこだわっていた。どこまでもバンドであろうとした。高橋さんがドラムを抜けることになっても、2人でレコーディングやライブを敢行した。

    Zeppでのライブを僕は見に行った。ドラム、ギター、ベース、歌、それぞれの役割をもち周りで2人でやりながらライブを完結していた。同期や音源を流すバンドが大半のこのご時世に、2人になってもなおステージ上の2人の音だけでライブを作り上げていた。ギターとドラムでの演奏の時にはベースが一切存在しないアレンジで堂々と昔の曲も演奏した。ステージ上の2人は一見14年前と何ら変わらなく見える。ケラケラと笑い合って、見つめ合い拍を取り、楽器を交換してまた軽やかに演奏した。でも2人が楽しそうにすればするほど、そこでの音が素敵であればあるほど、その空間が美しければ美しいほど、僕はやっぱりなんだか不思議な気持ちになった。なんでそんなふうに頑張るんだよ。なんでそのやり方しかできないんだよ。なんなんだよ。なんであんな気持ちになるのか、いまだによく分かっていない。

    そして1年前、アッコから電話をもらってチャットモンチーが完結(解散)することを聞かされた。最後の最後まで彼女たちのやり方は変わらなかった。大好きな音楽への向き合い方はどのバンドもそれぞれある。チャットのやり方、貫き方はこれだったんだと思った。一切濁ることなく。彼女たちは何にも染まらなかった。

     

    僕が好きなのはそんなチャットモンチーだったんだと思う。自分たちの大事な大事なものを、かたくなに、でもいつだって軽やかに、守りつづける姿が大好きだったんだ。ホントは足の裏の皮ズル剥けて血がダラダラなのに、変わらずしゃんと、しなやかに自分たちの大事なものを守りつづける姿に心を打たれたんだ。どこかで「やっぱり最後の最後、男が女に勝てるわけねぇんだ」みたいな強烈な母性に出逢ってしまった感覚にも近いのかも。

    チャットモンチーが出てきて、たくさんの新しいバンドが影響を受けた。

    『チャットモンチーみたいなバンド』もたくさん増えた(出てきた時は何かしらそういうことを言われるものだけど)。でも根っこの部分でチャットモンチーみたいなバンドは一つもないと思う。音楽の表層的な部分や響き、佇まい、色んな影響を与えているだろうけど、僕はあの泣き出しそうなほどまっすぐに最後まで不器用だった彼女たちみたいな音楽を他に知らない。

    チャットモンチーの物語は完結した。と、彼女らは言う。でも当然彼女たちの曲はこれからも、それこそ彼女たちが死んだ後もたくさんの物語を紡いでいく。

    アッコ、俺らはもうちょい頑張ってみる。どこまでやれるかなんて分からないし、10年後なんてそれこそホントに想像もつかない。でもやってみる。チャットモンチーと同じデビュー日のRADWIMPSとして、勝手にそれを誇りにして。

    次のあなたたちが楽しみです。何より、あなたたちと同じ時代にバンドをやれたことを心から誇りに思います。素晴らしいたくさんの音楽を、ありがとう。

     

     

    洋次郎

    22:12 | Comments(166)

  • 2018.04.08 『空窓』
  • 2018.04.08
    『空窓』

    2018年04月08日

    『空窓』

    あれから7年が経ちました。今年も曲を作りました。3月11日には間に合わなかったのですが、今日発表します。曲名は『空窓』です。

    昨年、福島県立浪江高校は3月31日をもって休校しました。その最後の卒業生の生徒さん達から文章を受け取りました。今年はそれを元に歌詞を書きました。

    震災が起きた瞬間の気持ち、家族と離れる気持ち、残る人、離れる人、7年という時は10代にとってあまりにも大きな時間です。体験していない僕には想像することしかできません。できるだけその言葉から受け取った想いを、過不足なく音にのせようと思いました。ぜひ、聴いてください。

    今年も映像はコトリフィルムに作ってもらいました。2018年3月11日の空です。不思議な空でした。音は今年、菅井さんと共に長年一緒に仕事をしてくれている澤本君にお願いしました。

    今でも震災の影響で不自由を強いられている方々に早く安らかな時が訪れますように。そして震災で亡くなったすべての命に、合掌。
     
     
    洋次郎
     
     
    空窓 / RADWIMPSオフィシャルYouTube

    15:15 | Comments(33)

  • 2016.03.11 『春灯』
  • 2016.03.11
    『春灯』

    2016年03月11日

    『春灯』

    今年もこの日がやってきました。
    あれから5年。
    とても長いような気もしますが、あっという間だった気もします。
    中学1年生だった人は高校3年生に。1歳だった子は小学1年生に。
    25歳だった僕も30歳になりました。

    5年という月日の間に『復興』の度合いも地域により差が開いてきています。未だに福島第一原発の事故は収束していません。コントロールできていません。避難解除を受け、着々と街も整備され、前に動き出した地域がたくさんあります。一方でいまだ故郷に帰れない人がたくさんいます。仮設住宅に暮らしながら地元に帰る日を待つ人たちがいる一方、故郷に帰ることを諦め新しい場所での生活を始めている方もたくさんいます。震災の後遺症で亡くなる人もいまだにいます。

    原発の必要性の有無、様々なことが言われ物事は複雑に語られていきます。ただ、あの震災と津波だけだったら、今ほど復興に差が生まれ、地元に帰ることを諦める人は少なかったはずです。立ち入りさえ制限される区域は存在しなかったのです。『フクシマ』という言葉の響きが、2011年3月11日以前のものに再びなるには、あと何年かかるのでしょうか。

    心配すること、ただただ復興を願うことしか相変わらずできない自分なので、また曲を作りました。『春灯』と書いて「しゅんとう」と読みます。
    ぜひ聴いてください。

    来年以降も曲を作るかはわかりません。当たり前にやるかもしれません。ただ3月11日の、あの悲しみだけを切り取って一つの作品を作ることに少しずつ、違和感が生まれてきました。どの楽曲にも、含まれているように思うからです。逆にこの5年の間にも悲惨な事件、事故、大きな喜び、様々ありました。そしてそれらに常に影響されながら音楽を作っています。すべて混ざり合って「今」を生きている自分の音楽になっています。

    あの大きすぎる体験を僕たちは忘れてはいけないと思います。次いつ来るかわからない大災害の被害を、少しでも食い止めることであの日の震災の意味を変えることができます。
    世の中を見回すと人災、天災問わず悲劇は次から次に起きているように思います。感情が追いつかないほどめまぐるしい世界です。くじけそうになります。でもだから気付かされる人間の底力もあります。なるべくなら、光に眼を向けたいです。手を取り合って生きたいです。
    こんな世界にも、鳴る意味のある音をこれからも鳴らしていきたいです。

    今年も映像はコトリフィルムのみんなに作ってもらいました。僕がレコーディングで行けなかったので、今年はコトリスタッフ総出で臨んでもらいました。空は南相馬の空です。毎年、毎年、本当にありがとう。帰りの運転も気をつけてね。音源も例年と同じく菅井さんに協力してもらいました。感謝。

    そして文章と映像を送ってくれた皆さん、どうもありがとう。一つ一つ読んでいるだけで、涙が出そうになりました。

    震災で亡くなった方の魂が安らかでありますように。
    今も被災し続ける方々に平穏な日々が訪れますように。
    そして理不尽な力に、奪われたすべての命に、合掌。

    洋次郎

     

    春灯 / RADWIMPS オフィシャルYouTube
    歌詞:https://radwimps.jp/shuntou/lyrics/

    16:00 | Comments(95)